20160201

The Process of Perpetual Learning.






  柔道家、三船十段の映像です。確かな柔道の心得と経験を持ったフェルデンクライス博士でさえ、初めてこの三船氏の動きを見たときに「これはただの馬鹿げた演技だろう、こんなものにつき合ってられん!」と思ったらしいのです。だけれども、それが後に彼自身の考案したメソッドに多大な影響を与え、結論として「力が強い者が勝つではなく、よりまわりとの統合性の高い者が最後には勝つ」という考えを導き出しました。

 さて、話は変わって一昨日のことです。私の親友ワカちゃんが、森のラヂオという番組のリンクをyou tubeで送ってくれて(ワカちゃん、nice pass!)、そこにゲスト出演していた井上博斗さんという方の話がそれはそれは興味深かった。


 井上さんは即興Jazzミュージシャンの傍、わらべうた(自然童謡)の伝承をライフワークとしている方だそうで、あらゆる民俗音楽の音楽祭なんかもたくさん主催されているようです。話し方だけでとても知的な人だということがすぐ分かる、きっと”青雲の士”というのはまさにこういった青年のことを指すのだな。(しかもハンサムだ!^^)

 そして彼は現在、岐阜県の郡上八幡に住まわれていて、いかに私たち人間が自然に近い場所に身を置くことが大切かを実に面白い観点から話されていた。

 井上さん:「人間って衣・食・住だけで生きていない。精神的なものも内在していて、そしてそれが住む場所によって大きく影響される。具体的な暮らしの知恵はもちろん大事だけれども、自然のきらめきや移ろいから物語が生まれるんですよね。(中略)自然に放り込まれるということは、いろんなものとの介在があるんです。そこにはものすごい「あやふやな型」があって、例えば一歩間違えば死んでしまうような、そんなぎりぎりを味わいながら子供達は遊ぶのが楽しいしいんです。川があり、草があり、山があって、子供たちがそこでありとあらゆる実験を経たときに、はじめて創造的なものをプロデュースできるんじゃないかと思っています。」

 彼の話を全てここに書き出したいくらいですが、この箇所が 一番今の私にとってはとても印象的だった。なぜなら私は根っからの都会育ちで、最近もし自分が大自然に囲まれて育ったならいったい今どんな人間になっていたのだろう?ととてもつまらないことを考えていた最中だったからです。


 私の幼少期の原体験として、”自然の中にいた”という経験はゼロに等しいと言っても過言ではない。うちの両親はアウトドアなどにもさらさら興味がなかったので、はじめてキャンプなどにいったのも19歳の時に渡米してから。小さな頃の遊びは、もっぱら日が暮れるまで友達と缶蹴りやドロ警をして走りまわったり、ファミコンをしたり、近所の野良猫を追っかけたりという感じ。

 身の危険なんてたかが知れていて、車に轢かれないようにとか、電車は白線の内側で待つようにとか、名前も顔も知らないおじさんについていってはいけないとか、、、。詰まるところの「とても簡単で明確な型」の中で育ってきたのだ (”自然”とは対義的なニュアンスで井上さんもそう述べていた)。今振り返ると大きな一つの社会のシステムの中で、他にオプションがあることさえにも気づかずに、大きな力の渦に巻き込まれて生きていた。自分が自分であることも忘れ、特にこれといった身体を通しての学びもなく、感覚統合的に見たらとても乏しいとも言える環境の中で育ってきたのではないのかな?

 だから内心大自然に囲まれて育った人がうらやましいところもある自然風景のひとつひとつからの感動は自分の心の中しっかりと蓄積されてゆくものだと思うし。そしてその美しさ/危険をはらむ”あやふや”な場所に身を置くことは自分の身の程を知るには恰好な場であることに間違いないからです。

 さて、話が遠回りになりましたが、、、

 三船十段(当時73歳)がビデオの中でいとも簡単に大男を投げ飛ばしてしまえる理由はもうわかりましたよね?

 ”統合性が高い”という意味は、人が一人間としていかに自分が機能しているかに注意が向いてることだと私はフェルデンクライス博士の本などを読んでそう理解しています。そして自然の中に身を置くことは、それを全うするのにはとても良いセッティングであると断言できます。

 けれど結局の所、今自分が行ってることに気づきさえできる環境と条件さえあれば、人はそのポテンシャルを最大に引き出して、止むことなく成長し学習し続けることができるということです。

 井上さんの場合、そのプロセスは自然に身を近づけること、そして「歌を唄うこと」だとラジオ内ではっきりと言及されていた。三船先生の場合は、それが柔道という道を極めることだった。そして私は言うまでもなく「フェルデンクライスメソッドを学ぶこと」、それに尽きます。

 要するになんだって良いのです。そして何個あったって良いのです。

 あなた自身を「終わらない学習」へと導いてくれるもの、、、それらはいったいなんですか?